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『そこのみにて光輝く』: 今この時を生きる人の身体は美しい

そこのみにて光輝く 通常版DVD


この映画つくった奴誰だよ。いい加減にしろよ。週末なんだよ。日曜日なんだよ。こんなに泣かせてどうしてくれんだよ。ほんといい加減にしろよ。


佐藤達夫は採石場で働いていたが、ある出来事をきっかけに仕事を離れ、街で自堕落な生活を送っている。ぱちんこホールで出会った大城拓児と仲良くなり、彼の家に頻繁に通うようになる。達夫は拓児の姉千夏に惚れていた。千夏は拓児と両親を助けるために身体を売って稼いでいるのだが、達夫はそんな千夏を救い出そうとする。


濁った海から吹いた風が、ごつごつとしてゴミの混じった砂浜を抜け、人の居ない街に吹き付ける。色街の看板は数えるばかり。車の通らない十字路で、信号だけが赤に青に点滅する。


山にあるのは危険な採石場。海にあるのはイカの加工工場。娯楽は飲むこと、打つこと、買うこと。変化に取り残された街で、人の心は少しづつ錆びついていく。


街の外にいる者からすれば、「街を出て、他の土地に行けばいいじゃん?」と言いたくなる。でも、千夏や拓児にはそれができない。家族がいる。寝たきりの父親と、介護で疲れ切った母親がいる。


それに、街を出てどうなる?新しい場所で、毎日7時間働いて、会社のために身を粉にして、それで何になる?数十年後の未来?何それ?


千夏と拓児はこの瞬間を生きている。上司に媚びへつらってもらった金は、寿司に、酒に、ぱちんこに消える。身体を売って稼いだ金は、家族のほんの僅かな幸せのために消える。


この一瞬、そこのみにて光り輝く。


それでいいじゃん。


山と海という自然のうねりの中で、人の命はとても脆くて、ほんの些細なことで吹き飛んでしまう。ほんの数秒早く逃げていれば、達夫の部下は発破した岩の塊に押し潰されなかったかもしれない。その数秒はとてつもなく尊い。


瞬間を生きている人は輝いている。文字通り、その身体が輝いている。


達夫のほんの僅かな動作には湯気が立つようなエロさがある。ネックレスとカットソーの襟から見える胸元から身体の鼓動が聞こえてくる。


これは呉美保監督の徹底的にそれな目線なのだろうけれど、千夏を抱くときに、まず達夫が服を脱ぐ。彫刻を愛でるように、筋肉のついた背中、尻、足をたっぷりと見せつける。人の身体は、突起しているところよりも、線が伸びている場所が美しい。


拓児もそう。いつもVネックを着ている達夫と対照的に、拓児はよれよれのクルーネックを着ている。よれた襟から見える胸元、短パンから生える細い脚、染まり切っていない髪を結わえた時の首。達夫と違って、拓児の色気は荒々しい。


千夏はというと、身体そのものよりも、表情に艶めかしさがある。達夫と対象的に、千夏は様々な表情を見せる。顔の筋肉がほんの僅かに動くだけで、万華鏡のように表情が変わる。千夏が自分の感情を押し殺している時、言葉には出さないけれど、その感情が思わず表情に出てしまう時がある。その瞬間に彼女の底の深さが垣間見える。


祭りが行われる夏。汗が噴き出し、気分が高揚する季節。達夫は千夏と抱き合う。海の中で、達夫の部屋で。錆びついた街で、二人の身体が輝く。


どうしようもなく救いが無いし、理不尽さに泣きたくなるし、ぶん殴りたくなるオトナも出てくる。


でもそんな絶望的な状況で、達夫も千夏も拓児も結構能天気に笑っている。


それだけがこの映画の救いかもしれない。