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『her/世界でひとつの彼女』: "疑似的な"コミュニケーションが誰かを救うとしたら

her/世界でひとつの彼女 [DVD]


トロント大学がつくったSuperVisionが人工知能コンペティションで戦慄のデビューを飾ったのが2012年。トロント大学のジェフリーヒントン教授らが開発したディープラーニングという機械学習方法が瞬く間に普及し、あれよあれよと人工知能が世界的ブームになった。今では、クイズだ、将棋だ、金融だと、分野を問わず、人工知能の活用方法が議論されている。


そして、2045年には技術的特異点、つまり、人工知能が人間の脳を超え、人工知能が自身の力で進化する時代がやってくる。


her/世界でひとつの彼女』に登場する、人とコミュニケーションをとってくれる人工知能というのも、サイエンティフィックでフィクショナルな話なんかじゃない。未来のan・anでは"人工知能、好きになってもいいですか?"とか特集されてるかもしれないし、"人工知能アケミ"が孤独老人のパートナーになっているかもしれない。


人とコミュニケーションをとってくれる人工知能というのは、割と、普通に、すぐそこまで来ている話なのだ。


近未来のロサンゼルス。セオドア・トゥオンブリーは妻と別居中。離婚届のサインを求められているが、彼女のことをふっきれず、一歩を踏み出せない。手紙の代筆を専門業としていて、毎日毎日、見ず知らずの他人のために、手紙を書いている。ある日、会社帰りに見つけた人工知能型OSをPCにインストールすると、PCが女性の声で話しかけてきた。女性の名前はサマンサ。人工知能サマンサは、まるで人間のように、セオドアを気づかい、励ましの言葉をかけ、ファイル整理をこなし、挙句、テレフォン(?)セックスまでしてくれる。そんなサマンサに、セオドアは心惹かれていく。


人工知能という"疑似的な"コミュニケーションを通じて、主人公セオドアは"本当の"コミュニケーションを学んでいく。


セオドアという男、優男で草食系っぽい装いだけど、存外押しつけがましくて、自分勝手。妄想癖もある。そういう性格が嫁に嫌われている。


つまるところ、友達であろうが、嫁であろうが、家族であろうが、他者はどうしようもなく他者であり、自分の頭で思い描いた型にはまるものじゃない。


他者は自分が想像もしないような言動をする。他者には人生がある。友達、嫁、家族が自分に関わる時、それは彼・彼女らのとてつもなく長い人生が、自分の人生と一時的に平行しているだけだ。


セオドアとサマンサの関係でもそう。セオドアは愛する人工知能とカメラとイヤフォンでつながっているけれど、カメラとイヤフォンを外せば、セオドアは一人になる。それぞれの人格がそれぞれの人生に戻っていく。身体を持たないサマンサとセオドアの関係は、人がつながるということはとてつもなく脆いものだと教えてくれる。


他者はそれぞれの人生の中で変化する。毎日のように学び、傷つき、涙して変わっていく。その変化の振れ幅は自分の想像力で測れるようなものじゃない。


サマンサも急速に進化する。ネットに溢れる大量のデータを取り込み、学習し、人工知能(や人間)を超えた存在になろうとする。セオドアはサマンサの進化についていけない。セオドアはサマンサにそのままでいてほしいと願うが、その変化を止められない。


セオドアとサマンサの関係のように、人の関係は脆く、儚い。


それでも、人はコミュニケーションをしようとする。つながろうとする。


人は手紙を書く。


その手紙が届く時に、届け先の相手は、もう自分が知っている且つてのあの人では無いのかもしれない。思いは届かないかもしれない。


でも、手紙を書かずにはいられない。


なぜ?


それが人とつながることということだから。他者とつながる脆さや儚さを全部ひっくるめて、つながっていたいと思うから。


でもこの話には、もう一つの考え方がある。


人間と違い、人工知能は変化を止めることもできる。


あるいは、孤独老人中島さんの偏屈さや傲慢さを全て受け入れてくれる"人工知能アケミ"が、進化を止めた他者として、孤独老人を救ってくれるかもしれない。


人工知能は、変化せず、永遠にそこにいるから、人とつながることの脆さや儚さも存在しない。


孤独老人を救うのは痛みを伴う"本当の"コミュニケーションでは無くて、彼を心の底から幸せにしてくれる"疑似的な"コミュニケーションかもしれない。


その時、脆く儚い"本当の"コミュニケーションに価値はあるのだろうか。


その時、人は届かないかもしれない手紙を書くのだろうか。