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ウラジミール・ソローキン『青い脂』: おバカで下品で猥雑で、息を飲むほど美しい

青い脂 (河出文庫)


みんな大好き現代ロシアの小説家、ウラジミール・ソローキン。若い頃はソ連非公式芸術集団モスクワ・コンセプチュアリズムのメンバーとして、パフォーマンスをしたり、「心臓はオナニーのせいで腐っている」というテクストが書かれた『オナニウム』という中学生男子が考えたみたいなオブジェをつくったりして活動していた。


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cinoh.tumblr.com
(『オナニウム』の写真)


コンセプチュアリズムの影響化にある時期は、破壊的で支離滅裂なプロットを駆使したアヴァンギャルドな作品を発表していた。下品で猥雑、反体制。そんな修飾でくくられる作品群は世間から大いに嫌われた。ソローキンの本は、ボリショイ劇場で投げ捨てられたり、"ポルノ"と印字されて彼の家に送り付けられたりした。あげくに、ポルノ本を出版した罪で起訴された。


世間の評価が変わるのは2002年に発表した『氷』以降だ。反体制の思想はそのままに、アヴァンギャルドな形式と離別し、物語然とした小説を書くようになる。この『氷』がゴーリキー賞を受賞し、一躍ロシア国内で高い評価を得て、次第に世界中で翻訳されるようになり、現代文学の巨匠へとのぼりつめた。


『青い脂』は、ソローキンがまだアヴァンギャルドでイケイケだった1999年に書かれた小説。


とにかく読みづらい。色んな書評を読んで覚悟をしていたが、これほどとは。中国語をはじめとしたあらゆる言語、造語が飛び交い、比喩なのか説明なのか区別もつかない場面が描写される。一つの文を読んで、次の文を読んだら、最初の文を忘れている。内容が頭に入ってこない。


その内容も超ぶっ飛んでいる。未来のロシアの研究所では過去の文学者のクローンが培養されており、こいつらに文学を書かせている。文学を書く過程で"青脂"と呼ばれる謎の物質が生成され、この青脂を1954年のモスクワに送り込むと、スターリンやらフルシチョフやらヒトラーがこれを血みどろになって奪い合うというのがあらすじ。


物語の途中に、ドストエフスキー2号、アフマートワ2号、チェーホフ3号といった文学者のクローンが書いたとされる短い文章が差し込まれ、それがまた妙に良く出来ていて、読んでいる人間は「俺は一体何を読まされているのか」と悲鳴を上げたくなる。


『青い脂』について、「気が狂ってる!」、「何が書かれているかさっぱりだが、とにかくヤヴァイ!」、「エログロサイコー!」みたいな脊椎反射的な感想を書いてもいいが、もうちょっと踏み込んでみたい。


この本を読んでいても何が書いているのかさっぱり分からない。頭に入ってこない。諦めて、本を閉じる。でも次の日、発作みたいにまた読みたくなる。中毒に近い。


この中毒を生み出しているのが、ソローキンの混沌とした文章だ。プロットが破滅的なのは言わずもがな。ページを満たす全ての言葉がパンピーの思考の死角から強烈な延髄斬りを食らわしてくる。


例えば、第一部の主人公ボリスと共に遺伝子研18で働く遺伝学者の同僚はこんな感じで描写される。

カルペンコフ・マルタは元技術部アマゾネスという太ったご婦人で、クローン馬やオールド=ゲロ=テクノ、空中スラローム、Mバランスに関するおしゃべりが好きだ。


もういっちょ、熱力学者の同僚の描写。

アグヴィドル・ハリトンは好感の持てるプラス=ディレクトな少年(シャオニエン)だ。彼はスターリンのためにHボムを造ったアカデミー会員ハリトンの子孫。我々のコンクリートの肛門に彼がやってきたのは、(お前の柔らかい友のように)金銭欲ではなくて、SEX崩潰(ボンクイ)のためだ。SOLIDなマルチセクサーという経歴を持つ彼は、己の柔軟な二人のピストンと別れ、苦悩のあまり頼み込んで出張させてもらったというわけだ。この穴では誰がいったいこの少年(シャオニエン)に二連銃を装填することやら?


「装填することやら?」じゃねえよ。


ともかく。


"オールド=ゲロ=テクノ"、"SOLIDなマルチセクサー"といった予測できない言葉の組み合わせが、次から次へと奇想なイメージを生み出す。


こんな感じで、暴力的に言葉を吐き出して、奇怪なイメージを作り出す人、なんか覚えがあるなーと思ったら、歌人塚本邦雄だ。


塚本は言葉によって、美しく、暴力的に拡張された虚構の世界を作り出す名手である。

革命歌作詞家に凭(よ)りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ
聖母像ばかりならべてある美術館の出口につづく火薬庫


塚本の虚構世界は既存の世界や観念を破壊するためにある。圧倒的なアンチテーゼをぶつけることで、意味をずらし、"ありえるかもしれない"世界や観念を想起させる。塚本にとって言葉は武器だ。


どうやらソローキンも塚本と同じように、既存の世界や観念を壊す武器として言葉を使っている。

『青い脂』は20世紀の全てのイデオロギーをひっくり返す試みでした。そこには社会主義リアリズムももちろん入っています。私の意見では、20世紀は全体主義的なイデオロギーのもとに過ぎた世紀だと思います。『青い脂』を書くことは、切腹した武士の腸を観察し、匂いを感じ取るような風変りな試みでした。
文学破壊者と語る夜 - ウラジーミル・ソローキン×柳下毅一郎×松下隆志 (1/5)


血がしたたる甘美な言葉を速射砲のごとくばら撒き、虚構を作り上げる。そこは全ての偉大さと崇高さが地に堕ちた世界。偉大な文学者が異形のクローンとなって甦り、フルシチョフスターリンがくんずほぐれつセックスする世界。


虚構の持つ思想的背景を理解できなくても、奇想なイメージが脳みそをドライブするのは、単純に楽しい。ソ連全体主義がどうとか、そういうのを抜きにしても、『青い脂』は読むドラッグとして大いに機能する。奇形クローンのドストエフスキー2号が書いた奇怪な文書を見よ!

亡父のアレクサンドル・アレクサンドロヴィチは、古いことは古いが大して財産はないという家柄で、騎兵隊に勤務したが早々に退役し、結婚して三人の三人の三人の男子を儲け、新時代の流行にしたがってプスコフ近郊にあった所領を売却すると、家族ともどもペテルブルグへペテルブルグへペテルブルグへと移り住み、そこでにわかに商才を発揮し始め、徴税請負権を得てかなりの成功を収めると、稼いだ金でなんとなんとなんと三軒の大きな屋敷を購入し、すべて有利な条件で貸しに出し、そうして死ぬまで裕福に暮らし、息子たちにかなりの財を残したので、息子たちときたら息子たちときたらそれはもうまるっきりはてさてはてさて。


超速筆のドストエフスキーがトランス状態で小説を書いたらこんなんだろうという、ソローキンの舐めプ的悪意は『後ろで爆発音がした文学』の比ではない。それはもうまるっきりはてさてはてさて。


そして、ソローキンのこの奇怪で美しい文章を日本語に訳せるのは全世界で本書の訳者、すなわち望月哲男・松下隆志の二人しかいないだろう。(ああ、それにもちろん亀山郁夫) 松下は『青い脂』に続いて、『親衛隊士の日』、『氷三部作』も翻訳している。そして、残りの著作もたぶんきっとそこそこにまるっとちゃちゃっと翻訳してくれるんじゃなかろうか。すっげぇ楽しみ。